コロナ対応を誤らせた元凶「東京五輪」開催の可否決断迫る

──新型コロナ感染症と、どう付き合っていくか──
松本誠のメールマガジン

「新型コロナ」市民ジャーナル(11)2021.2.27

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 東京五輪の開会予定日まで5ヵ月を切り、開催の可否をめぐる動きが慌ただしくなってきた。主役であるはずのアスリートの多くもさまざまな不安を抱え、コロナ対応の一線で医療崩壊とたたかっている医療従事者、水際対策の前線で緊張している検疫や空港関係者、五輪支援に参加するボランティア予定者、大会チケットを購入している人々、何よりも大会運営に当たる東京都や組織委員会の職員たち。すべてが「コロナ禍収束の見通しがつかない中で、開催は可能なのか?」と、疑心暗鬼の日々を過ごしているはずだ。
 報道各社の世論調査では、今夏の開催を希望している人は1割程度に過ぎず、8割以上が「再延期」か「中止」を求めている。圧倒的多数の国民が「今夏の開催は無理」としているにもかかわらず、政府だけが開催に躍起となっている状況を、どう見るべきなのか。
 そもそもこの1年間、この国の感染症対策を誤らせてきた元凶が「東京五輪」開催への固執だった。1年前、コロナ第1波が拡大する中で、緊急事態宣言を出して感染拡大に先手を打つ対応をズルズルと遅らせたのは、昨年夏の開催可否の決定期限が迫っていた五輪だった。当時は加えて、4月に予定された中国の習国家主席の訪日への影響もあった。結局、3月下旬に「五輪の1年延期」を決めてから緊急事態宣言を発することになったが、すでに第1波のピークは過ぎていた。
 第3波が始まった昨年11月から12月にかけては、GoToキャンペーンの継続にこだわり対応が遅れた。キャンペーンは経済対策として打ち出されたが、その延長線上には五輪開催があり、継続に固執した。年が明けて感染が爆発して緊急事態宣言に追い込まれると、3月の五輪開催決定時期に焦点を合わせた感染対応がいま続いている。

「開催の可能性」はあるのか? コロナの状況、観客制限

 菅義偉首相は1月の通常国会冒頭の施政方針演説で「東京五輪は、人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして、また東日本大震災からの復興を世界に発信する機会としたい。大会を実現する決意の下、準備を進めていく」と述べている。一貫して「準備を進める」とは言うが「開催する」とは、今も断言してい
ない。2月19日に行われた主要7ヵ国(G7)のオンライン首脳会議でも「日本の決意」への支持は取り付けたが、「開催」自体への支持は得られていない。各国の反応は「開催については、安全に開催できるかどうか科学的に判断すべきだ」というバイデン米大統領の冷静な発言に象徴される。
 開催へのハードルは高い。
 第一は、開催国と世界の感染状況が収束状態にあるかどうかだ。
 開催の可否を決定する3月段階で一定の感染沈静化が得られても、4月以降に第4波、第5波が来れば開会直前に吹っ飛びかねない。変異株の感染が欧米はじめ国内でも不気味な拡大を続けている。五輪開催へ向けて「決め手」とされてきたワクチン接種はようやく国内でも始まったものの、一般への接種が五輪までに始まることはなく揺らぎ始めており、専門家は「国民の大多数に接種が行われても効果が出るのは来年以降」と指摘している。そんな状況から政府は最近になって「ワクチンを前提としない」に表現を変えている。
 開催へ向けてのコロナに関する議論は国内の感染状況ばかりに目が向けられているが、五輪は世界から200ヵ国を超える参加を得て開催される。この1年、コロナ禍の中で世界の国々の往来の大半が休止されている状況が、コロナの収束なしに制限が緩和される見通しはない。手厚い感染対策を講じて参加できる国がどれだけあるのかどうか。一部の参加だけで行えば、それこそオリンピック憲章が反映されているかどうかが問われる。ワクチン接種はWHOが躍起となって呼びかけてはいるが、接種が行われているのは一部の先進国に限られており、参加をしたくても参加できない国が多数に上っても開催を強行することは、開催国への批判につながりかねない。

 第二は、無観客を含めた観客数の制限や、海外からの観客制限の可能性だ。
 国内の感染と世界の感染拡大が7月までに収束する可能性はない状況で、海外からの観客受け入れは極めて困難な状況だ。国内観客も会場となる首都圏が最大の感染地域というリスクを持ち、医療体制の逼迫・窮迫状況が解消しない限り、地元を含めた国内観客を入れる可能性は厳しい。逆に、国内客だけを入れた場合には、世界から“アンフェア”の反感が起こるのは必至だ。
 無観客開催は,IOCにとっては大きな収入源になる米テレビ会社の放映権料が入るので痛手は少ない。しかし、日本にとっては「安心して日本へは行けない国」ということを世界に証明することになり、果たしてそんな国へ「選手を派遣していいのか」という不安が高まる。仮に選手が送られても、数万人に及ぶ選手・役員は選手村と競技会場に缶詰め状態に置かれて帰国することになり、経済効果がゼロに終わるだけでなく「コロナに勝った証し」というよりも「コロナに負けた証し」となりかねない。

五輪開催に抱くアスリートと国民の不安、国内と世界の世論が見えているか?

 4年に一度開催されるオリンピックは「世界の祭典」とも言われる。祝祭はすべての人から歓迎され、祝福されるから、五輪は多くの人々の「希望の祭典」にもなっている。
 だが今、常識的には開催できない状況の中で、むりやり開催を強行する動きに対してアスリートからも不安と批判が噴出し始めている。国民の世論は「開催できればいいが、コロナの状況を見れば今夏の開催は無理」という意見に集約される。現状では「開催すること自体が感染悪化をもたらし、塗炭の苦しみを多くの人たちにもたらす」という懸念からだ。このような世論を押し切って「アスリートのために」を掲げて強行したら、スポーツそのものが国民に憎まれかねないという恐怖だ。「アスリートとしては五輪はやりたいが、一国民としては開催に反対」(女子陸上の代表選手)という声に代表される。
 パラリンピックのアスリートたちは、もっと深刻な状況だ。さまざまな身体的障害を持ち、感染対策には人一倍気を使っているうえ、半数以上が選手登録のための事前作業も進んでいないという。元五輪陸上選手のスポーツ経済学者は「このまま開催すれば、五輪の価値そのものを損なう」と警鐘を鳴らしている。

政府が「開催の可能性」にこだわるのは何故か?

 「2020東京五輪」はもともと、開催趣旨が怪しい中でスタートした。疑惑まみれの招致運動の結果2013年に開催地に決まった際の旗印は「復興五輪」だった。就任間がない安倍前首相が招致演説の中で「フクシマはアンダーコントロール下にある」と胸を張った“大ウソ”に始まり、「復興五輪」は被災地から冷たい視線を浴び続けた。パンデミックが最大の課題になると「コロナに打ち勝った証し」が加わった。
 いずれも空虚な名目だということは、だれの目にも明らかだ。本心は波及効果を狙った経済対策と、五輪の誘致や成功を土産に選挙に利用しようとする政治的魂胆が丸見えだ。今回の森喜朗組織委員会会長の問題発言と辞職、後任選びのドタバタを通じて、政府は「政治との距離」を装うポーズを繰り返したが、招致運動以来一貫して「政治と金まみれ」になってきた東京五輪の実態は、もはや覆い隠すことはできない。
 昨年9月、突然の安倍退陣で後継首相に就いた菅首相は、コロナ禍が続く中で衆院解散をするタイミングを失い、もはや五輪開催の後でしか解散に打って出るしか道は残されていない。逆に、開催中止に追い込まれた際には、投資費用の損失への対応や政治責任など想像を超える混乱に巻き込まれて選挙どころか政権維持はたちまち赤信号になる。
 コロナ禍の厳しい状況の中でも「五輪開催」に固執するのは、開催国政府の「政治的都合」であり、ポスト安倍・菅政権を伺う開催都市首長・小池都知事との複雑な駆け引きの中で、土壇場まで開催の可否決定が引きずられていると見える。

やるか、止めるか。だれも言い出せない「最悪のシナリオ」とは?

 東京出身の在米ジャーナリストである冷泉彰彦氏が2月25日、ネットニュースで「誰も言い出せない東京五輪の最悪シナリオ」を挙げている。3月には開催の可否を決めねばならないのに組織委員会会長の「差別問題」やスキャンダルに3週間も、国を挙げて浪費していた。いや、核心を避けて逃げていたというのだ。
 一つは、「オリパラ実施体制」が抱えているさまざまな「闇」だ。公表されている費用のほかに、施設建設費などにもっとかかっていることや、代理店や代行業者から巨額のツケが回ってくる可能性、招致活動に関する疑惑の闇も引きずったままだ。分からないことだらけの「東京五輪の闇」が噴出するかもしれない。
 二つ目は、「だれも決められない、誰も全体像をつかんでいない」という最悪のシナリオだ。バッハ会長にしても各国、各競技の現状を十分把握していないかもしれない。森+橋本グループにしても、菅内閣にしても、感染対策をして開催が可能なのか無理なのかという判断材料も持っていないかもしれない。延期追加費用の問題も宙に浮いたままだし、開催しても巨額の損失にどう対応するのか、これまで引きずっている「闇」についても、全体像が見えている人はいない。
 その結果、これから何が起きるのか? 国民にとっても恐ろしい話だ。

まこと流まちづくりの地平 ◇ 松本誠
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