制御不能? 医療は「崩壊から壊滅へ」? 不気味な「第3波」の動向

──新型コロナ感染症と、どう付き合っていくか──
松本誠のメールマガジン

「新型コロナ」市民ジャーナル(9)2021.1.25

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(10)失敗した感染対策を超える「ゼロ・コロナ」戦略とは何か?
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 緊急事態宣言が首都圏4都県に再発令されてから2週間余。関西3府県と中京、北九州、関東の大都市圏7府県にも拡大されてから1週間余を経た。この間、全国の1日感染確認者数は7000人台~5000人前後の間の高止まりで推移し、累計感染者数は36万人を超え連日100人前後の死亡者を数えるようになった。
 一時は1月下旬には一日の感染確認数が1万人を超える予想もあった。大都市部では高止まりから徐々に下降線をたどる様相も見せているが、宣言が出された都府県以外の地方でも感染拡大が急速にすすんでいる。再上昇している北海道をはじめ宮城、福島、茨城、群馬、長野、石川、静岡、三重、滋賀、奈良、和歌山、
岡山、広島、熊本、鹿児島、長崎、宮崎、沖縄などでも新規感染者が急増し、脆弱な医療体制崩壊の危機感から県独自の「緊急事態」を宣言するところも相次いでいる。医師会などは全国への緊急事態宣言発令を主張し、感染はすでに全国に蔓延してしまった。
 感染の量的な広がりよりも、より一層深刻なのは、医療崩壊が現実のものになっていることだ。重症者が19日には全国で 1000人を超え、自宅待機中に重症化した患者が入院治療を受けられずに亡くなる事例が続出している。入院や療養施設に入れず「自宅待機」になっている患者が、1月13日時点で3万人を超えた(16日厚労省発表)。自宅待機中に病状が急変し、入院治療を受けられないまま命をなくした事例も後を絶たない。
 自宅待機は、隔離治療が前提のコロナ感染者のフォローが放棄され、家庭内感染が広がる悪循環をもたらす。コロナ医療と通常医療がすでに両立できずに「必要な時に適切な医療を受けられない」という「医療崩壊」から「医療壊滅」の危機に瀕している(1 月13日中川俊男・日本医師会長)事態まで進んでいる。
 医療の現場では、すでに大規模災害時に行われるトリアージ(命の選別)を行わざるを得ない状況に至っているにもかかわらず、政治は未だにコロナ医療の逼迫を「大規模災害」として災害対応するに至っていない。この国のコロナ対応の誤りと無責任、責任放棄ぶりを象徴している。

医療体制の強化を 1 年間放置したツケ
いまこそ政治による医療資源の再配分調整機能を

 医療体制の強化は昨年の第1波のときから指摘されてきたが、その後1年間ほとんど手をつけずに放置したツケがいま、国民にのしかかっている。
 この国の病床数は世界でもトップクラス、看護師の就業者数は世界的にも高い水準だが、医師数は国際比較では低位で、病院と病床数は民間の中小病院に依存し、大規模災害やパンデミックのような非常時には対応しにくい医療体制であることは、専門家の間では旧知のことだった。2002年以降に世界が経験した新型コ
ロナウイルスSARSやMERSの“洗礼”を受けなかったこともあって、感染症を意識した医療・保健体制への対応が抜け落ちていた。
 第3波による医療崩壊が現実のものになったいま、ようやく医療体制の歪みと臨時的対応に焦点が当たってきたが、政府の腰は重い。政府も自治体も、患者受け入れを医療側に要請することにとどまり、財政的支援も経済対策に比べると小出しと低いレベルの枠から一歩も出ていない。18日ようやく開会した通常国会で
野党側は抜本的な医療保健体制強化への補正予算案組み替えを要求しているが、政府は応じようとしていない。逆に、コロナ対応病床の提供に応じない医療機関に対して特措法の改正で強制力を持たそうという強権的な姿勢を打ち出すのみで、非常時に対応した医療資源の再配分や調整を具体的に進めて政治の責任を果たす姿勢が乏しいままだ。
 大都市の医療逼迫と、全国に蔓延して感染症に対応する医療機能が乏しい地方では、それぞれ対応の仕方は異なるはずだ。政府の責任は、感染症対応には全額国費で対応する抜本的な財政支援策に踏み切るとともに、国の財政支援を前提に医療現場の調整と再編成は、医療側と協議連携しながら自治体が責任を持ってリ
ードすることが重要だろう。
 地方分権システムへ移行して 20年。中央集権志向型の政権が継続する中で自治体が先駆的役割を果たす姿勢に欠けてきた20年間の流れを、いまこそ逆流させる時でもある。この3月で10年を迎える東日本大震災以降、災害復興での中央依存の傾向が強くなっていた中央と地方の関係を、コロナ医療対応で自治体が主導して流れを逆転させることが、いま何よりも求められているのではないか。

コロナ前の経済・社会構造を根底から転換し、希望ある未来社会へ向かうために

 爆発的な感染拡大の中で編成された第3次補正予算は、19兆円のうち11兆円が「GoToキャンペーン」への追加予算や国土強靭化対応と称したポストコロナの経済対策に計上されている。野党はこれらを削除し、医療・保健体制の強化と経済的に困窮している生活者や事業者に限定した緊急的な予算に振り向ける組み換
えを要求している。感染をこのまま爆発させると国民生活を含めた経済全体が破綻する。今はまず、感染拡大を止めることを最優先し、検査体制の抜本的強化と医療・保健体制の強化にすべての政策を集中する時だからだ。
 にもかかわらず、この国の政府は目先の「経済回復を優先する」志向から脱却できない。しかも彼らの考える経済回復は「コロナ前の経済V字型回復」だから、見果てぬ夢になる。いくら税金を投入してもコロナ後社会の経済浮揚にはつながらない。空回りするのがオチになる。
 今回のコロナ禍は、地球レベルの自然環境の破壊をもたらした開発と経済発展至上主義、世界の距離を時間的に短縮して人と物の過剰な往来を招いたグローバル経済の行き過ぎなど、成長経済志向からの転換が促されている。都市への過剰な集中、生産と消費の行き過ぎた国際的な分業が経済と人間社会の脆弱性を際立
たせた。コロナ後の社会に求められているのは、地球環境や自然環境が許す範囲内に人間と経済の活動をとどめることや、食とエネルギーや資源を可能な限り自律・自給する仕組みに変えていくことだ。
 こうした視点に立てば、過大なインバウンド再来に期待した観光政策や、過剰な外食・流通・サービス産業に依存した産業構造を転換し、食の自給を高め、エネルギーや木材資源の自給体制をつくるための第一次産業に人と財源を振り向け、医療・保健・福祉や教育への大胆な投資が急がれる。いわば、この国の戦後の経済政策を根底から転換することが喫緊の課題なのだが、バブル崩壊以降も継続してきた旧態依然の成長経済志向を改める気配がない。
 こうした姿勢を正当化するために前回に述べたように、本来は新型コロナウイルスとの共存・共生を意味する「ウイズコロナ」という言葉を、この国の政府と政治家は「感染対策と経済を両立させていこう」というご都合主義的な“読み替え”をしている。「ウイズコロナ」は、英語では Coexist with the coronavirus あるいは Coexist with COVID-19 と表記される。Coexistは共存・共生を意味する。今のパンデミックが終息すれば、いずれ元の世界に戻るのではなく、コロナウイルスはしたたかで、しぶとく、災禍はこれから何度も起こるから、人々の暮らしのあり方や価値観を変化させていこう―というのが本来の趣旨だ。

横行する「問題のすり替え」が、政治と政策の誤りを招く

 似たようなすり替えは国連が2015年に定め世界の変革目標になっている「SDGs」(持続可能な 2030年開発目標)についても見られる。
 SDGsは17のゴールと169のターゲットが「持続可能な開発目標」として掲げられており、「健全な環境」に支えられた上に社会が成り立ち、その中でのみ経済活動が行われるとして「Sustainable Development」(持続可能な開発)の目標を定めている。明石市議会の昨年12議会SDGs推進計画特別委員会で、象徴的な議論があった。環境保全を重視したまちづくりを求める請願を提出した環境市民団体に対して、保守系の最大会派である自民党真誠会の議員が「SDGsは経済や社会も大事な要素として総合的な配慮を促している。環境面のみを優先して反映させようとするのはおかしい」と請願の趣旨に反対した。請願は同会派以外の議員全員の賛成で採択されたが、反対した議員は「社会、経済、環境面のバランスに配慮する」とSDGsに記載していることを都合よく解釈して主張したものだ。
 この国ではいま、自民党政府も経済界の多くもこぞって「SDGs」推進に轡を並べている。日本政府はDevelopmentを「開発」と訳しているが、本来は「経済的な開発」よりも「創造的に発展させる」意味合いを強く包含しているもので、Sustainable(持続可能=環境を破壊せずに)と相まって環境を最優先した行動を求めている。市議会での自民党系議員の姿勢は、いみじくもこうした“すり替え”を象徴した発言だった。
 第3波の拡大の中で、年明けから今夏に延期されたオリンピックの開催の可否がクローズアップされてきた。世論調査では「今夏の開催」を支持する声は1割余に過ぎず、大半は「再延期」「中止」を求める意見になり、国民はすでに冷めている。菅首相は相変わらず「コロナに打ち勝った証として開催する」という方針を繰り返しているが、1年前の第1波と同様に五輪開催が政府のコロナ対応を誤らせる大きな要因になっているのは明らかだ。この国の政権は、どこまで事実から目を背けて、国の道筋を誤らせるのか。

まこと流まちづくりの地平 ◇ 松本誠
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