自治体議会選挙
投票率低下の「悪循環」=要因はどこに?

2019統一自治体選挙を考える in 明石(2)

かつては「最も身近な選挙」であった

 2019年春の「統一自治体選挙」が、29日の道府県議選、政令市議選のスタートで本格化してきた。今年は12年に1回訪れる「亥年選挙」。春の統一自治体選挙と7月の参議院選挙が重なる“選挙Year”を指す。参院選を占う「前哨戦」とも言われる。
 その重要な自治体選挙だが、知事や政令市長選挙はともかく道府県議選や市議選については「無投票選挙区」の増大や「議員のなり手が少なくなった」「投票率の年々低下」が大きく報道され、挙句は「政策論争や争点がない」と、選挙戦の低調さが強調される。
 かつては「最も身近な選挙」として投票率が高かった市町村議員選挙の投票率は年々低下し、都市部では50%を割り込み、40%も割り込みかねない惨状になっている。29日告示された兵庫県議選は、39選挙区のうち15選挙区で立候補の届け出が定数以下にとどまり無投票で議員が決まった。無投票選挙区の割合は38.5%にのぼり、3分の1を超えている。県議選の定数86のうち、15議席が無投票で議員が選ばれた。有権者の投票権が奪われたことになる。

投票率から読みとりたいこと

 投票率の低下や無投票の増加は、民主主義制度の根幹を脅かす深刻な現象だ。なぜ、このような事態を招いているのか? 「有権者市民の選挙への関心」が低くなったのは、なぜなのか?
 「議員のなり手が少なくなった」ともいわれる。この議論は、郡部と都市部で様相は全く異なる。郡部の町村や小規模市では、人口当たりの議員数が都市部に比べてケタ違いに多い。他方で高齢化率が高く、議員に適齢期というものがあるとすれば“議員予備軍”は圧倒的に少なくなる。加えて都市部に比べて極端に低い議員報酬が「議員の魅力」を一層薄くしている。
 これに対して都市部では、もともと人口当たりの議員数が少ないうえに、近年は「議会不信」や「議会への信頼感の低下」に伴い議員定数の削減を求める声の高まりの中で、議員定数の削減が進みますます議員数が減る。議員数の減少は同時に選挙時の当選ラインが上昇し、大きな得票を得なければ議員になれない。組織や地盤、知名度、資金力の豊かな候補者が有利になり、議員になるハードルが一層高くなる。
 議員定数の削減は、同時に郡部の選挙区の定数が少なくなり、一人区が増える。一人区は地域の過半数の支持を得なければ当選がおぼつかない。2人区や3、4人区なら多様な人材が当選する機会はあるが、一人区(小選挙区)では過半数を得ない票数はいわゆる「死票」になる。立候補しても勝てる見通しがないと立候補すら控えることになり、無投票選挙区が増えることになる。
 無投票選挙区の増大や立候補者が少なくなったのは、「議員をめざすことを諦めさせる」ことにつながる“制度的欠陥”が放置されていることが大きい。定数問題や選挙区の再編は、既存議員(現職議員)による議会の意思が変わらなければ実現しないから、“既得権重視”の議会構成ではなかなか制度改善が緒につかない。

説明責任こそ最たる「政策」

 最近の自治体選挙でメディアが強調するのは「争点がない」「際立った政策の相違や政策論争がない」という指摘だ。
 そもそも、政策や争点とは何なのか? 先の出直し明石市長選挙でも何回も記者から聴かれたが、政策には子育てや高齢者福祉、教育、環境、まちづくりや産業などの「個別分野の政策」とともに、市長や議員としての「基本的姿勢に関わる政策」もある。先の市長選挙で私たちが繰り返し強調した「説明責任」(アカウンタービリティー)は、その最たるものである。政治家としての倫理や主権者市民に対する関わり方、首長、議員、職員、市民の相互の関係性についてどのような認識や姿勢を持つのかも大きな政策になる。
 メディアの報道を見ていると、この基本的姿勢に関する政策を軽視し、個別分野の政策だけを問題にしているきらいがある。財政の右肩上がりの時代と異なり、個別分野の政策では「だれがやっても大きな違いがない」と言われるほど、選択肢の幅が狭まってきている。より重要なのは、政治家としての基本姿勢に関わる政策で大きな違いが出てくることが多い。

「争点」は、市民も参加して……

 選挙における「争点」とは、政党や候補者自身が掲げるものもあるが、報道するメディアや主権者である市民が提示することが重要である。自治体選挙にあっては、地域の課題を検証・整理して市民に提示し、候補者に具体的な対応を求める報道があって、争点は具体化される。近年では市民団体が候補者に独自のアンケート調査や公開質問を行って回答を提示することも頻繁に行われている。
 メディアでも市民団体でも、選挙時にそのような対応を行うには日常から地域課題を整理し、発信していくことが必要になるが、県議会や市議会の議論や活動についての報道は国政報道に比べると比較にならないほどお粗末だ。そうした結果、日常的に自治体議会の報道量が少ない中で、市民の議会への関心も低くなる。
 市民の「議会への関心」「議会選挙への関心」の低さは、議会や議員自らの日常的な発信はもちろん、メディアの発信量の低さも相俟(あいま)って形成されてきたことを忘れてはならない。

2019年3月30日
市民まちづくり研究所 松本 誠