明石まちづくり小史 12

まこと流まちづくりの地平 ◇ 松本誠

すそ野ひろがる明石の市民活動、多様な連携が課題
── 自治基本条例を契機に市民自治への取り組みも芽生える

 手前味噌で恐縮だが、私が代表を務める「明石まちづくり市民塾」がこの秋で発足5周年を迎え、10月26日に永六輔さんを招いて5周年フォーラムを開催した。約250人もの方々の参加を得て、市内の多様な分野で活躍している10名の「まちづくり人(びと)」のリレートークからも、明石のまちづくり市民活動のすそ野の広がりを実感した。

 私が新聞記者として明石のまちを継続的に取材・報道したのは、20年以上も前のことである。1983年から6年間ほど、このまちをなめるように報道してきた。当時、明石の市民活動といっても環境や福祉に関わるごくわずかのグループが存在しただけで、さまざまなまちづくりの課題や行政の問題点を報道しても反応の乏しいのに拍子抜けしたことがしばしばだった。個人的には共感する声が聞こえてきても、地域の課題に肉薄する市民の動きは限られていた。

 当時、今日の環境保全市民運動につながる活動を始めていたのは、1975年に発足した「瀬戸内を守る明石市民の会」と、同会が事務局を担った「瀬戸内の環境を守る連絡会」がその典型例だった。瀬戸内の海辺環境が生命線でもある明石の地で、瀬戸内沿岸12府県の住民運動と科学者が連帯した息の長い運動を支える活動が今日まで続いてきたのは、特筆に価する。

 このほかには、明石川や谷八木川の環境保全活動に取り組む団体など70年代以降の公害・環境問題にかかわる団体はいくつかあった。今年で40年の歴史を刻む「明石映画サークル協議会」(明石映サ)は、文化活動の面で重要な役割を果たし、人材を輩出し、80年代以降はまちづくり活動との連携も強めてきた。80年代には、障害者の日常をサポートするさまざまな福祉ボランティアグループも活動のすそ野をひろげ、一時は市民活動=福祉ボランティア活動と行政が錯覚するような時期もあった。

 明石の市民活動に変化の兆しが現れたのは、80年代も終わりごろになってからだ。80年代後半のバブル経済の中で明石のまちにも”乱開発”の波が押し寄せ、各地でマンションの乱開発が進み住環境の保全を求める住民運動が頻発する。明石市が開発主体になった大蔵海岸の埋め立て造成計画などはその典型例で、埋め立て反対運動は80年代終わりから工事に本格着工した95年まで続いた。

 明石市の郊外への集中的な大型店出店もあって、まち全体の地盤沈下にようやく危機感を募らせた若手商業者らによる商店街活性化やまちづくり運動との連携が始ったのもこのころだ。2年間におよぶ継続的な勉強会を経て、90年には12の商店街の青年部で青年商業者協議会(通称・町衆明石)が結成された。商業者と行政マンや多彩なまちづくり市民活動のメンバーが集う「明石なりわい塾」と称した勉強会が毎月のように行われた。いま、その時代の草創期を担った商業者らが、明石の商店街組織を名実ともに担っている。

 こうした90年代の動きの陰で、明石のまちづくりに関わる人と情報の交流や情報発信を担ってきたのが、通称「まち研明石」と称する「明石まちづくり研究所」だった。これまた手前味噌で恐縮だが、まち研明石は1989年11月に各界10名ほどのメンバーで発足し、最盛期は30数名がエントリーして、毎月2回の例会を重ねてきた。この12月で417回目の例会を数え、来る2009年秋には20周年を迎える。今では4名の市議がレギュラーメンバーとして市政情報を提供しつつ、市政の課題を議論する政策勉強の場としても活用されている。90年代後半には市民向けの「まちづくり連続講座」を毎年開催していたが、いまではその役割を新しく生まれた「明石まちづくり市民塾」に委ね、重なるメンバーは重複活動しながら政策研究と学習、提言グループとしてユニークな存在感を示している。

 明石のまちづくり市民活動は、90年代後半以降、この10年ほどでさらなる展開を見せている。阪神・淡路大震災やNPO法の成立(1998年)を経て、市民活動のすそ野は質量ともに飛躍的な拡大を見せているが、明石でも市民活動は爆発的な広がりを見せている。

 一つは、環境、福祉、教育、子育て、歴史・文化・芸術、コミュニティー、国際理解・協力、まちづくりなどあらゆる分野で自発的、自律的な活動団体が輩出していることだ。NPO法人の認証を受けている団体が53団体(2008年10月末)、明石市民活動協議会に加入している団体が68団体。法人認証も受けず協議会にも加入していない任意団体は、おそらくこの数倍以上にのぼると見られる。

 もう一つの特徴は、従来はともすれば行政の下請け機関的に見られて、自律的な地域自治活動へのアプローチが乏しかった自治会系の地域コミュニティー団体の中で、活発な地域自治活動を始めているところが相次いでいることだ。明舞団地や西明石南部の望海地区、魚住地区はじめ各地で単位自治会や校区連合ぐるみの新しい連携活動が目立ってきている。こうした地域の地縁系活動は、その視野に分野型の市民活動やNPOとの連携、地域NPOの立ち上げなど「地縁系」と「知縁系」の協働がテーマに入ってきていることである。

 明石市は2007年7月から「自治基本条例」の策定をめざして、市民が主体の検討委員会の審議を続けている。すでに1年半を超え、25回の審議を経て答申を取りまとめる段階に入っているが、こうした審議過程でも委員の成長ぶりが著しい。委員会と並行して自発的に研究・提言活動を進めてきた「住民自治研究会あかし」というステイクホルダーの役割も見逃せない。

 審議の過程でも、こうした市民活動の急激な展開に対して、行政側の支援活動などの対応や理解が遅れていることも明らかになった。
 新しい年は、行政側の飛躍的な市民自治の下支えとともに、市民側の市民自治への本格的なアプローチが求められるだろう。