これから始まる“史上最強のウイルス”との長い付き合い

──新型コロナ感染症と、どう付き合っていくか──
松本誠のメールマガジン

「新型コロナ」市民ジャーナル(3)2020.5.13

(4)直面する2つの「危機」を乗り越える道筋
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 「緊急事態宣言」が延長され、外出自粛生活が第2ラウンドに入った途端、2つの大きな動きが始まった。
 一つは「もう我慢できない。限界だ」の大合唱。経済的に追い詰められた事業者らの声や、市民の「自粛疲れ」という言葉がマスコミに大きく取り上げられた。これに呼応するように始まったのは、規制解除への動きだ。こうした流れに押されるように、11日から始まった国会の論戦でも、15日をメドに規制解除を検討する政府答弁が相次ぐ。
 もう一つは、治療薬やワクチン開発への“前のめり”とも見える動きだ。厚労省は5月7日、新型コロナウイルスの治療薬として米国医薬大手が製造する抗ウイルス薬レムデシビルの製造販売を特例承認した。新型コロナの治療薬としては、国内で初めての製造承認だ。通常は臨床試験から承認まで最低1年かかるところを、申請からわずか2ヵ月ほどでスピード承認した。
 レムデシビルはエボラ出血熱の治療薬として開発されたが、まだ安全性と有効性が立証されず、どの国でも承認されていないが、新型コロナで動物実験による有効性を示すデータが得られ、人への臨床が進んでいる段階での、異例の承認だ。米国で重症患者への緊急使用が許可されたのを踏まえたものだが、前のめりの対応に副作用や薬害など懸念する専門家の声もある。国産の抗インフルエンザ薬「アビガン」も、政府は8日に44ヵ国へ無償供与することを決定した。
 予防用のワクチンの開発も同じように前のめりで「年内には臨床開始したい」(11日の国会答弁で安倍首相)という。「オリンピックを成功させるためにも治療薬とワクチンの開発が必要だ」と自らネット番組(5月6日)で来年夏に延期した東京五輪開催に強い意欲を示す。
 五輪開催には感染症の「収束」と経済的な混乱の「収拾」が不可欠になる。6日のネット番組で対談した京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授は「(五輪開催を)可能にするワクチン量をあと1年で準備できるかというと、かなりの幸運が重ならない限り難しい」とやんわり否定したが、首相の開発期間短縮への執念は強い。
 果たして、そんなに容易に、政治家に都合よくワクチンや治療薬はつくれるものか?

新型コロナウイルス「COVID-19」とは、どんなウイルスか?

 私たちがいま直面している「新型コロナウイルス」とはどんなウイルスなのか? ヒトに感染するコロナウイルスは、風邪のウイルス4種類と動物から感染する重症肺炎ウイルス2種類があり、WHOがC0VID-19と命名した今回のウイルスが7種類目になる。風邪のウイルスは冬季に流行が見られ多くは軽症で収まるインフルエンザで、とくに危険な病原体ではないため感染症法で指定されていない。
 重症肺炎を起こす2種類は、2002年から2003年に30ヵ国を超える地域に拡大したSARSと、2012年にサウジアラビアで発見されこれまでに27ヵ国に感染拡大したMERSで、いずれも感染症法で2類感染症に指定されている。
 COVID-19は昨年12月に中国で確認され今年1月に入ってから集団発生した。当初は「武漢ウイルス」(1月9日のWHO声明)と呼ばれたこともあったが、2月1日には「新型コロナウイルス感染症」として指定感染症に記載され、同11日にはWHOが「COVID-19」と命名した。
 すでに全世界に蔓延し、感染者数400万人超、28万人が死亡したこのウイルスは、最近の科学者の研究で「史上最強の完璧なウイルス」とも言われる。理由の一つは症状が出る前に、接触や飛沫感染によって人から人へ感染が広がっていく。無症状感染者も多く、感染の実態をつかみにくく、感染者の隔離などの対応が難しいことだ。もう一つは、変幻自在なウイルスの性質から、治療薬やワクチンの開発が難しいことだ。

 新型コロナウイルスは各国で異なる型が検出され、中国型から欧州型、アメリカ型、さらにはその折衷型など17のタイプが出現しているという。さらに、ヒトの細胞に侵入して結合する際にもさまざまな侵入モードを持ち、次々に変異体を作り出しているという。
 したがって、このウイルスに効く「万能治療薬」は難しく、ある特定の変異体に対する治療薬が開発されても別の変異体には効力がないことになる。場合によっては、永遠にウイルスとのイタチごっこを繰り返すことになるかもしれないという。 いま実用化を急いでいる多くの治療薬は、いずれも別の疾病に対して開発されたもので、新型コロナ感染者のある特定の症状に対して有効であるかもしれないと、限定的に治験されている治療薬に過ぎない。
 ワクチンも同様に、変幻自在のCOVID-19に対するワクチン開発は、これまでの感染症に対するワクチン開発よりも一層ハードルが高いと言われている。難儀な感染症に対する決め手は、ワクチンや治療薬の開発だが、このウイルスに対する薬剤の開発の難しさが「史上最強のウイルス」と言われている所以でもある

ウイルスとのたたかい、ある長い道のりの体験から実感したこと

 ここで私事にわたることで恐縮だが、私自身のある感染症体験から考えてみたい。 私は幸いにして、風邪インフルエンザに罹ったことはないが、指定感染症5類に挙げられているB型ウイルス肝炎の罹患経験がある。B型肝炎はご承知の通り主として輸血など血液感染によるものだが、日本には広く存在し母子感染(垂直感染)などでウイルス保持者(キャリア)は広範囲に上る。私が発症した40年前当時は人口の3%程度約300万人のキャリアがいたと推測されていたが、その後母子感染の予防策や売血の廃止などによって、現在では150万人程度と言われている。
 このうち20%程度が急性肝炎を発症するが、95%は抗体が生成され治癒する。しかし、残り5%程度は抗体が生成されず「難治性肝炎」として慢性肝炎、肝硬変、肝臓がんへと進行するケースが多い。おそらく垂直感染だと見られた私は、急性肝炎が収まって以降も抗体が生まれず、仕事に復帰しては再発、入院を4回繰り返した。現在では進行を止めるワクチンやインターフェロンなどによる治療薬が開発されているが、当時はワクチンも治療薬もなく、医師からは進行不可避を告げられ短命を覚悟したほどだった。
 幸い、発病してから14年目に奇跡的に抗体が生まれて完治したが、一時は劇症肝炎の瀬戸際まで進むきわどい体験もした。闘病期間を通じて「インターフェロンが実用化されたら」という期待もあったが、ウイルス活動を抑制するさまざまな治療法や薬剤は開発されたが、B型肝炎ウイルスを完全排除する治療薬は現在に至っても生まれていない。ウイルスの活性化を鎮静させ、ウイルスに対する抗体を取得することがこの医療の目標であり、私の場合もあらゆる試みの中で免疫力をつけて“自然治癒”に至った幸運でもあった。
 長いウイルスとのたたかいは、ウイルスと闘うのではなく「ウイルスと仲良く共存」し、体内に棲みついたウイルスを怒らせることなく活動の活発化を抑えることだった。自身の行動や体力の消耗を抑制し、ウイルスの活動に負けない免疫力を付けることでもあった。その極意を体得するまでに、こうした自己調整によるウイルスとの付き合い方に失敗し、4回も入退院を繰り返す道のりを体験したわけだ。

自然界と“共生”する極意を見出すために

 人類の歴史は、感染症と自然災害に脅かされてきた歴史でもある。人類が根絶した唯一の感染症である天然痘は紀元前から痕跡が見られ、根絶できたのは1980年だ。「日本の感染症法における感染症」一覧表を見ると、108種にのぼる感染症が存在し、結核やマラリア、デング熱のように、一時期は減少していたが再び発症が広がるような再興感染症もある。
 今回の新型コロナウイルスが世界に蔓延し始めてから、まだ4ヵ月しか経たない。その規模は戦後最大の感染症と言われ、第一ラウンドの中国、欧米に次いで今、新興国や途上国に感染拡大が急激に広がり始めている。パンデミックの本格的な広がりは、まだ始まったばかりと言える。
 ワクチンや治療薬の開発には、まだ2、3年かかるというのが世界の研究者らの見方だ。それも世界すべてに普及させ、パンデミックに一時的な「収束」をもたらし、大規模な感染を「終息」させるには気の遠くなるような時間がかかるかもしれない。
 しかも、感染拡大をぶり返さないためには「コロナ前」の社会、経済の仕組みや暮らしのあり方を大きく変える「コロナ後」の社会へ転換しなければならないということが、いま、さまざまに語られ始めている。これまでのような経済発展や、先進国の豊かな社会、便利な社会を求めるあり方が根本的に変革を迫られることが避けられなくなる。
 地球環境の危機や新たな感染症の世界的流行が、人類の飽くなき経済発展を求める所業から生じているのなら、その方向を変えることが求められる。新型コロナウイルスは「撲滅する」対象ではなく、自然界に生きる微生物とも「共存」「共生」をめざすしかないのではないか。

まこと流まちづくりの地平 ◇ 松本誠
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